2012年5月1日火曜日

思考回路

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少し久しぶりに、じっくりと罰を与えられて、苦痛と快楽でのたうち回った後。




・・・こんなに我慢してると、途中から“我慢してるハイ”というか・・・


「はは」


・・・わかります?


「うん、わかるよ」
「痛がったり熱がったり、苦しんでるのを超えると、ふっと」
「ぐううっと、気が一瞬宙に浮くような変な感触があるんでしょ?」



・・・うん、そう。突然そういうのが来ちゃう
それで飛んじゃうんですよね


「うん、そこが危険でもあるのだけどね」


・・・なんというか、そこまでだって体が反応してないことはないんだけど
飛んじゃった後は、体の快楽はもちろんなんだけど、
精神的にもっともっともっともっともっとって。
もっと酷いことをされたいというのは、もっと試されたいということで
もっと耐えたい、なんでもする、なんでもできる、そう思える


「その一線を越えた辺りって、痛みと快楽との反応がしばらくわかりにくくなるから、よく見て慎重に痛みや熱さを与えたりしないといけない」
「でもその一線越えの表情がいいんだよ」



・・・*><*


「ふふ」






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・・・その線を越えるのは簡単じゃないんだけど、
だけどそれが好き
そこまで行けて初めてちゃんと玩具になれたと思う
ちゃんと抱いてもらえたと思うし、
ちゃんとご主人さまに楽しんでもらえて快楽を味わってもらえたと思う


「マゾの思考回路の不思議で面白いところだ」


・・・一線を越えたときに自分がすごい淫らなことを言ってる、してるって
そうわかってもいるし、思ってもいるんだけど、何か別人なんですよね


本当にご主人さまの人形になりたいだけの何かというか、
自分は空っぽの器で、注がれて溢れ出すものこそが純粋というか・・・


・・・何か吐き出してるんですよね、きっと


「ああ、なるほど」


・・・うん、淫らになることは一種何か懺悔なのかも知れない^^;


「うん、そんなニュアンスもわかる^^」




 

2012年4月1日日曜日

他愛のない会話

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・・・マゾって贅沢だから、もっと自分の限界を超えたいって
もっと痛いのも耐えられる筈って思っちゃう
もっと酷くもっと惨くって
本当に耐えられなくなるまでいたぶられたいという憧れみたいなのが
常にあるのです


「ふふ」
「じゃあ次はそんな風にしてやるかな?」



・・・はい
何をされてもかまいません
受け入れられるようになりたいですもん


「よしよし」
「じゃあいたぶってやろうな」
「後悔するなよ、その言葉」



・・・はい。うれしい・・・

・・・面白いですよね、
いたぶられるって宣言されて、すごく安心するの


「はは^^」
「そこで安心してくれない相手だと困るわけだよ」



・・・???


「それだけ俺が信頼されているんだなと^^」
「でなければただのDVだし」



・・・ああ、それなら、まるっきり?まるごと?信頼してるもの


「信頼されていたぶられる相手と思われて光栄なんだよ」


・・・あは^^そんなの当たり前です


・・・でもおかしいのはね、
もっと酷くって思うくせに、痛みに耐えている最中はね、
こんな我慢してるのを褒めて褒めてって思う
外されたときなんて、もう、こんなに痛かったのー!でも我慢したのー!って
ものすごい褒められたい、よしよしってしてほしい


「そこがマゾの特徴だな」


・・・マゾの特徴?


「うん、褒めてって、酷いことをされてるのに、それを与える人に褒めてっていうところがね」


・・・あーーー、そうか!
酷いことしてる人なのか、褒めてって言ってる相手は!!


「今頃何をw」


・・・うーん、そうか、痛くされたり酷くされたり、
それが当たり前すぎて
苦痛を与えられること自体に不思議がなかったもので^^;

・・・そうかー、矛盾してることに気がついてなかったです


「そうだな、最初から理屈で考えたらおかしな部分で」
「だから変態って言葉でとりあえず表現してるのだけどな」





  

2012年2月27日月曜日

慌ただしい毎日








したくてやること
したくて楽々とできること
したくてするけれどしんどいこと
したくなるためにしていること
しなければいけないこと
したいことだったのにいつの間にかしなければいけないことになったこと
しなければいけないことだったのにすべきことと感じられるようになったこと
しなければいけないのにどうしても気持ちが向かないこと
気持ちはあるのにそこまでの道程が遠過ぎてできなくなってしまったこと
したくないこと


誰にでもいくらでも色んなことがあるでしょう?


同じ様に
主の慌ただしさ
私の慌ただしさ
誰とでも同じように私たちも色々なものを抱え


目の前のささやかな数字を眺めながら
この瞬間の世界を思い
遠い海の向こうで何が起こっているか思い
そんなことを思うことに何の意味があるだろうと思い
けれど全ての場所は世界の一部だからと思う


どれだけヒロイズムに浸ろうとどれだけ虚無にとらわれようと
誰もただ70億分の1の一つであることはそれ以上でもそれ以下でもない事実で
この場所も確かに世界の一つ


体は今ここにある
だけど精神こそどんな瞬間の人間にさえ与えられた自由の手段で
日常の鎖どころか例え獄に囚われたときですら
私達はそれを奪われない




そして主は私の元に戻り
「ただいま」
と言う


私も同じように主の許に戻り
「おかえりなさいませ」
と言う




私をつなぎとめてくれる人。





遠くに行き過ぎた思考をなだめてもらいながら
心甘やかにやさしく、いつもの夜を過ごそう。



 

2012年2月2日木曜日

無になる

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��主のお気に入り、更新しています。こちらからどうぞ。




じらされ過ぎてから苦痛を与えられる
それは主自身がじらすのをじっくりと楽しんで
その上痛みで苦しめてより極上の自分の快楽を得ようとしてくれるときで


それがわかるからじらされても素直に我慢し
我慢しきれなくなったら呻いてねだる


だけどそれだけで満足してくれる主ではないからさらに苦しまされ
その苦しみを全身で味わいながら無様に這いつくばってねだって
翻弄される苦しみを快楽にする私だけど




なのに、
ただ突かれてそれで


ありがとうございます


それしか言葉が出なくなる


気持ち良くない筈がない
ううんもし気持ち良い気持ち良くないを言うなら
気持ち良いなんてことがわからないくらい多分気持ち良過ぎる


気持ち良いことはそれは快楽なのだけど
気持ち良過ぎることは苦しみとそっくりだし
気持ちが良いと言うにはあまりにこれは圧倒的過ぎる
私の体は主のためのただの器官になり
ただただ涙がぼろぼろとこぼれて
ありがとうございますと勝手に言葉が口をついて出る
撫でられても突かれても打たれても噛まれても踏まれても
ただありがとうございますと繰り返す




何の抵抗も許されず
何の抵抗を思いもせず
何も想像せず


何も望まず


ただ主に使われるまま
ただ主を受け入れたまま


歓喜と業苦は等分だから
その調和の中で
私は無になって


全て主の命じるまま
全て主の望むままに



何の迷いもない、私はただ主の奴隷だ

2012年1月27日金曜日

奴隷になれということは

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奴隷になれと言う。自分に仕えよと言う。
マゾの側が真剣であればある程主が絶対になる。


それはもう、自分を崇めよ、自分を神とせよと言っているのと同じこと。





だけど、それは言い方を変えれば、

「自分が絶対だから全ての我が儘を許せ、自分の甘えを全て許せ」

と言っているのと同じじゃない?





ということは、女を奴隷にするということは実は

「僕の女神になって僕を赦して下さい」

って言ってるのと同じじゃないだろうか(笑)






勿論私の主はそれを自覚してるけどね。



 

2012年1月4日水曜日

あけましておめでとうございます

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謹んで新春のお慶びを申し上げます。
新しい年が皆様にとって佳き年でありますようお祈り申し上げます。





もう今日で三が日も明けてしまいますね。
皆様はいかがお過ごしですか。


主と私はお休みを満喫中。
久しぶりにゆっくり遊んだり本を読んだり、うとうとと眠ってしまったり。
のんびりと過ごしています。





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どうか今年が誰にとっても良い年でありますように。





 

2011年12月31日土曜日

今年もありがとうございました

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写真はハロウィンの仮装から。


今日は2011年の最後の日。
2012年最初の日の前日。


主は冬休みに入りましたが、私は今日もまだ仕事。
大晦日なんて嘘のような、慌ただしい年の瀬です。


今年は3月の大きな震災、そこから今も続いている原発事故の影響と、
今何を振り返っても、全てそこに行き着いてしまいます。
この正月におめでとうと言えない人たちがたくさんいることを思い、
仮設住宅や避難先にいる人たちを思い、
何もできないけれど、やはり心をそこに寄せています。





主との生活は、この2ヶ月程をほぼ完全に二人きりで暮らし、
今までにはなかったその状態はやはり特に私に変化をもたらし。
いまだに変わることができる心の有り様や自分のマゾヒズムは、
私にはとても不思議で、瑞々しいと感じられるものでした。


この生活になるにはやはりそれなりの理由があったからで、
こんな無茶な手段をとったとも思っているし、
その前に気持ちを整理するために短編小説並みの文字数で書き散らした
色々な文章もあるわけですが。
もう少し、人様にお見せできるレベルの文章にしてから出すことにいたします。


お互いのことだけを最優先にして、互いにだけ甘えて
我が儘もしながら暮らせたから、二人ともそれぞれ大変だった時期を
上手に乗り切れたような気もします。


沢山の方に不快な気持ちをさせてしまったことをお詫びしますが、
限られた時間、できることも限られている中で
私たちは本当に余裕がなかったとご理解ください。



さあ、今日一日。
主の腕の中にたどり着くまで、もうひと頑張りしてきます。



皆様にはどうぞ良い年をお迎えください。