2015年10月21日水曜日

ロボット劇場・第1話




R2-D2(以下R):おっザクちゃん、右手出来上がってるやん
ザクキャノン(以下ザ):あっR2さん、まいどです。なんやビルダーさんが特命や言うて突貫でやってるんですよ
R:ホンマかいな、あの人にしては珍しい。買って1週間も経ってへんのにここまで出来上がってるってw
ザ:でしょう?
R:俺なんか限定や言うて予約して買ったのに、開けたの1年後やで。腐ってまうちゅうねん
ザ:ロボットやから腐らんでしょw
R:いや例えやがな。それに俺厳密にはドロイドやし
ザ:相変わらず細かいですね〜背もちっさいし
R:背は関係ないやろ!まあまた明日様子、見にくるわ。ほなまた
ザ:あ、どうも、おおきに。ほなまた

ビルダー:今宵はこの辺で

2015年10月20日火曜日

ロボット劇場・第0話

今年、夏の終わり。私は自分が病を得ていたことを知りました。


ここから「ロボット劇場」としてアップするささやかなコメディは、スターウォーズマニアでガノタでお笑い好きの主akiraが、病に落ち込んだ私を少しでも笑わせようと作ってくれたものです。
だからこれは私のためのアップ。 


登場人物(?)はスターウォーズからR2-D2、ガンダムからはザクキャノンというモビルスーツだそうで・・・本編に出て来ないモビルスーツのプラモを選ぶって、どんだけオタクなんですかってモンですが。


The Red Roomの主のイメージが壊れるぞと笑う主の名誉のために書き添えますが、今の私が、この病気のことを考えても少しでも穏やかな気持ちでいられるとしたら、それは主のおかげ。
病室で私が読む本を手づから選び、元気に帰って来いと抱きしめてくれた主は、6年前の結婚式の誓いの言葉通り、確かに私を支えてくれています。




2014年12月31日水曜日

今年もありがとうございました




いつの間にか大晦日。
1年ぶりの更新です。


私たちは何も変わらず静かに暮らしています。
ログインできる時間は以前より大分限られているし、RLを優先しなければいけないことも増えています。
いつも更新の度に多忙という言葉を使っているのは恥ずかしい限り・・・まるで自己管理できていないみたいだなと思いながら、主も私も自分の許容量を越えるRLに半ば振り回されながら、踏みとどまり戦うような日々を過ごしています。


出歩くことも滅多にないSL隠遁者のような生活ですが、二人でいるのが心地よく楽しいので、これが一番望む暮らし方。
Secondlife自体の変化は、古い住民に優しいものではない。
ここ数年のmeshの導入、そしてまだ新しいfitted meshの導入にて、例えば古いユーザが久しぶりにログインしようと以前使っていたビューアを起動してみたら・・・meshが見えないだけならまだしも、fitted meshは画面にとんでもないノイズが入り、とても見ていられるようなものではありません。姿を消したユーザは、もう戻って来ることはないでしょう。


私たちがSLの変化を楽しんでいないわけではなく、主の薦めで私もメッシュボディに変えてからしばらくはそのラインの美しさが楽しくて毎日半裸で過ごしていたりと、それなりに遊んでいます。
いつもこうして私は主の膝にもたれて、時に甘えるように、時に懺悔するように、日々のことを話しているのも変わらない。
けれど、周囲の変化を今までで一番大きく感じたのも、この一年でした。


久しぶりに、つらつらと思うことを書き連ねてみます。


多分、主も私も、結局どこかで自分の中のサディズムやマゾヒズム、矛盾を消化はしきれていないんです。


もちろん私にとって主はかけがえのないパートナーで理解者で、まるで戦友のような同志のような相手で、一番気が合う友人。どれだけその関係で満たされていても、それでも自分の根っこのところにある自分のサディズムやマゾヒズムに対する恐怖感や罪悪感、そこからの強烈な自己嫌悪はきれいに消えるものではない。


だから主はいまだにストイックに体をいじめるように負荷をかけて鍛えてる。アスリートのようにトレーニングを続け、せめてそうしていないといたたまれないんだと私に言う。
私は私で、自分の限界などまるで考えずに仕事に没入してる。走って走って、それで許される場所がほしいと飢えている。


こういう私たちのことを、主は「自分の中で矛盾を抱えながら、無い答えを探して、答えはなくて、作って壊して破綻してぐるっとまわって普通に見えるだけの俺たち」と笑って言ったことがある。


これは見事な主の答え。破綻しているからこそ自分に負荷をかけずにいられない。でもだからこそ背筋を伸ばしていられる、それを理解するパートナーということ。


「俺は自分に自信がないんだよ。だからせめて姿勢を正す、走り込んで自分を追い込む。でないとほんとに辛いんだよ」


そうですよね。うん、あなたは忍耐強いから温厚に見えるし、爽やかおにーさん系のルックスがそのまま上手に年を重ねているから、穏やかな良い人に見えるだろう。女を苦しめて泣かせることで欲情するサディストには見えないどころか、何の不安があるようにも見えないだろう。


でもその奥底にとても危ういものがあるのを私は知っている。だからこそ、あなたが無言で自分をいじめ抜き、鍛え上げていることを。


黙ってこらえることは大切なことだと思う。


ブログやSNSが当たり前の今は、気持ちを文字にして公開するハードルが低い。
でも、それは同時に、文字にしない方が良いものを文字にしてそこに固定させてしまう機会が多くなったということでもある。


言霊信仰の信者というわけではないつもりだけれど、でもひとは自分の書いた言葉に縛られるものだと思う。私がここに綴った言葉で主と私が規定されるように、誠実な言葉を綴るひとはやはり信頼に足るし成長し、薄っぺらい言葉を連ねるひとは奥行きを感じさせずにずっとそこに留まっている。そして毒ばかり吐散らすひとは、自分でその毒に中毒してる。毒の世界を作り上げてる。


毒など固定するものじゃない。自分からその毒に塗れるなら、毒を浄化するものも持たないと。自意識を過剰にして視界をそんなに狭くして周囲を全て見下げて、それはそんなに楽しいか?私の目には、そのひとが好んで悪意だけを固定し、善意を全てなかったことにしているかのようにしか見えない。それで孤独だと言われても、自己憐憫にしか見えない。


苦しんでいると吐き出して楽になるのならそれも良い。でも吐き出して楽になった分を自分でなかったことにしてしまっているなら、それを癖にしているんだよ、毒の中毒を治そうとしていないだけなんだよ。まずそれを自覚しないと・・・。


なんて。思ったことをただ並べていただけなのに、自分の身に返って来て、痛いわ。


うん。新しい1年も主に倣って、背筋を伸ばしていましょう。
少しでも毒が薄まるように。
元々が主も私もお腹の中真っ黒、暗いものや毒をたっぷり溜め込んでいるので、そのくらいで良いはず。


お世話になった皆さまに、心からのお礼を。
ありがとうございました。

皆さまにも良いお年をお迎えください。






2013年12月31日火曜日

今年もありがとうございました





















2013年もあと数時間。やっぱりまた忙しい1年だったなあ・・・。


すっかりご無沙汰してしまったけれど、主も私も元気です。



もうすっかりSL隠遁者のような生活ですが、相変わらず二人きりで仲良く静かに暮らしています。


皆さまにはどうぞ良いお年をお迎えください。


2013年5月12日日曜日

The Red Room また引越し


もう見つけてくださった方もいるようなので、移転先を公開してしまいましょう。


ソラマメ→FC2へと引っ越してきたこのブログ、
前の記事で書いた通り再度のお引越です。
移転先はこちらのurl。ブックマークの変更をお願い申し上げます。

The Red Room
http://theredroom-2.blogspot.jp


成人向けコンテンツの警告が出ますが「理解し、継続を希望します」を押して頂いて大丈夫です。
中味はこちらのブログのままですので。


もう、引越作業がどれだけ大変だったかは言うまい(笑)
そしてまだ写真の置き換えが終わっていないことも言うまい(泣)

置き換えが終わり次第、こちら(FC2)のurlはプライベートモードにして、移転先の案内だけが見えるようにするつもりです。


それでは、移転先にて、お待ち申し上げております^^

2013年4月12日金曜日

移転準備にかかっています

毎度のご無沙汰をまずはお詫びm(__)m


このところFC2ブログ全体で非常につながりにくい状態が続いているように思います。
ブックマークして毎日楽しみに読んでいる非アダルトカテゴリのブログなども開けないことが多く起きています。


アダルトカテゴリのブログで1ヶ月更新がないときに、トップにスポンサーサイトの広告が出てしまうのは元々だったのですが、今回そのデザインの変更があったようで・・・さらにえげつないというか・・・見るに耐えない画面になってしまうことがわかりました。


ちょっとこれはもう限界だわ。
多忙にてろくに更新もできないので、つながらなくて表示されないことの頻発も広告も我慢してきたけれど、この画面はあまりに醜い。
主と私の大切なredroomがこんなことになっちゃうのは悲しい。


ということで、またブログお引っ越し作業中です。
もう移転先は準備済み。
手順もわかったので、あとはちまちまとした作業を延々とやることになりますが・・・何しろ記事の数が多いからなあ。
画像なんてもうどうしたらいいやらという感じですが、でもこのままここで続けるのはイヤだ。
いつになったら作業が終わるのか見当もつきませんが、ご案内ができるときまで気長にお待ち下さいね。



 

2013年3月12日火曜日

「あの日」

「あの日」としか言いようがない、あの恐怖と慟哭の日からもう2年という時間がたっているのですね。


2011年3月11日。
そう「あの日」



あまりの揺れの激しさにもう家具を抑えることも諦めて、ただ落下物の危険のない部屋でドアを開け放って座り込んだあの時。
一瞬揺れがおさまった隙に玄関の扉を開き、他の部屋へ移り、テレビを点けた瞬間に映し出された遡上する津波とそれに飲まれる街、田畑、車、人の映像。
積んであったCDや本が崩れ食器戸棚の中でガラス器が落ちているのに気付きながら、私はただ冷たい床にへたりこんでいた。


あのとき日本中が、何千ものひとたちが死に呑まれていくのを見ているしかなかった。
目の前で、テレビの前で。


もう声も出せず、座り込んだのは余震で不安定だったのではなく、もうこの土地に二度と今までの日々はないんだ、それは私たちにも全く同じで、全てがこの瞬間から変わり今までの日常なんてものはなくなる、昨日という日にもう決して戻れないという、足下が崩れるような恐怖で足が震えていたから。


やがて遠く近くから救急車の声が聞こえ、普段の午後なら静かな通りが帰途を急ぐ人の流れのどよめきで満ちはじめ、離れた丘の中腹の建造物から火の手が上がるのが見えた。
その時期としては奇妙に明るくキラキラした夕暮れ手前の時間、やがて日が落ち寒さと闇が交通網とライフラインが寸断された東日本にも降りてくることを思い、その中の恐怖を想像し、慄然としていた。


夜。救助を阻む闇と余震。開きっぱなしにしていたUstreamとTwitterから次々と悪い情報が伝えられる。数百の遺体が見つかったけれど回収に行けないという報道の現場を想像したときに、この災害の全体像の荒涼を思い浮かべ、ただ戦慄した。(実際にはそのときの想像よりもはるかに大きな被害だったわけだが・・・)
そしてまだ日付が変わったばかりと思っていた時間、未明に長野新潟県境でも地震が起こり、そちらでも死者が出た。


夜が明け、情報を集めながら行方不明の友人知人の名前を必死で探し、ようやくつながるようになった電話で遠い家族親戚への短時間の安否の確認。そして被災地の不自由と悲しみにくらべたら大したこともないと節電し、家にあったもので質素な食事をととのえ、まだ救助を待つ人が一秒でも早くたすかりますようにと祈り・・・その後、まだ余震に慣れてさえいなかった日に、福島第一原子力発電所の事故が起きた。


それからの恐怖はそれまでとは質が違ったし、受け手によって本当に見えているものが違うだろう。
流言飛語と罵詈雑言の中でも、謙虚なるこの国の良心たちは静かに呼吸を続け淡々とやるべきことできることを続け、ようやく最近になってその出口が見え始めたように思う。
けれど出口不要の視点の持ち主がいる様子もまた事実。


「あの日」から2年。2万人近くの人が死亡または行方不明。30万人以上の人が避難生活を続けているという実感を私は本当に持っているか。


この2年間、ずっとかわらず主はそばにいてくれたけれど、ことがこの地震からの話になる度に、私たちは何度も言い合いをしてきた。
2年前毎日怖いと泣いていた私を支えてくれたのも主なのだけど、2年前までの私にはもう戻れなかった。
あのときの恐怖は確かに私を蝕み、被災地に住んでいないのに心を乱すことで自分に苛立ち、それは主の些細な冗談にさえ牙を向けさせた。
放射脳という人たちも心を病んでいると思うけれど、私もまったく違う形で病んでいるのだと思う。
被災すらしていないのに。


「あの日」から丸2年。三回忌。
14時46分の黙祷の後、2年前津波が押し寄せていた時間の間、亡くなった方を悼み、私よりもっと悲しい涙を流しているその家族友人たちの嘆きが少しでもやわらぐよう祈った。


テレビなどはもう見ない。文字の情報で十分。
あの時の映像は2年前に見たのだから、もう見る必要もないだろう。
ただ静かに祈る一日。


明日からも祈り続けようと思いながら、今夜も主に抱かれて眠ろう。