2008年9月9日火曜日

穏やかな時間







膝で甘えているのが大好き。

主の友人の中の、そのまたごくわずかな人たちとしか交流がない、メインランドの外れでひっそりと暮らしている私のところにも、浮き世の荒波が届くこともあるわけで。

これ以上ひきこもりになりようがないというのに、また外へ出るのが怖くなったり。


狂い狂わされるときの緊張がどんどん高くなっていくから、穏やかな時はとても豊かに流れる。

奴隷は主次第と私が言うと、主はいつも、その逆もまた真なりと笑う。
それなら、今自分がしあわせだから、主も同じようにしあわせと思っていてくれるのかなと、嬉しくなる。

主と従は閉じた円環。互いの想いはそのまま相手に映し出される。
主が映し出してくれる私の姿は・・・どれだけ私を大切にしてくれているか・・・それは主が撮ってくれる写真どおりで(恥)。

私が映し出す主の姿は、主にどう見えているんだろう?
そう思うけれど、それは絶対にしあわせな主の姿と信じられるときの至福。


It's still the same old story, a fight for love and glory,
A case of do or die!
The world will always welcome lovers, As time goes by.
��from Herman Hupfeld “As Time Goes By”)



ただ深く関わりたいという想いだけがたどりつける
ひととき、穏やかな時間。

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